大学生の教養サロン

教養と言うよりは、暇つぶしです。

「若くていいわねえ」が日本で男女差別が消えない原因の1つ【大学生のどうでもいい悩み】

若いことは素晴らしいとされる日本

「若くていいね」は日常で時々耳にする言葉。

 

外国でも耳にするかもしれないが、日本は比較的多い気がする。

 

特に女性に対して言われる印象(まあ男も結構言われるが)。

 

「若いこと=価値」である日本

こんなことを言うと炎上するのは分かっているが、(比較的)日本の女性は「若い=価値」であるようにされている風潮は否めない。

 

美容のCMなどでよく目にする「マイナス10歳肌!」「加齢に伴うシワ、無くしませんか?」。

 

どれも「若い=価値」という価値観が前提である。

 

現地に住んだことはないので分からないが、ヨーロッパでは美容のCMなどでは若い人を起用しないこともザラにあるそう。

 

よくある「日本人のヨーロッパ(特にフランス、イタリア)への憧れ」かもしれないが、日本の「若い=価値」という価値観は、ヨーロッパに比べて古いように感じる(今の世界の風潮的に)。

 

「若い=価値」であることで起きる悪い現象

以降、日本では「若い=価値」とされていることを仮定して話す(例 若い女の子はかわいいなあ! 若い子がいると活気づくな!)。

 

結論から話すと、「若い=価値」のもとでは、女性は勉強しなくなる傾向にあると私は思う(主張なのであえて否定的な表現をする)。

 

実際の大学生

現実問題、高校で優秀な女性は東大を目指すのではなく指定校推薦でMARCH、早慶、有名私立の文系学部に進む傾向があるように感じる。

 

ここでは「東大が偉いかどうか」や「文系より理系の方が勉強しているか、偉いかどうか」ということではなく、「大学でも勉強しようとしているかどうか」に着目している。

 

また文系学部に進んでからは、資格や何かの勉強に励むというより、遊びに時間を費やしている人が多いように感じる(もちろん、男性も遊んでいる人は星の数ほどいる)。

 

また「理系=女性が少ない」というのは日本社会の常識であり、実際女性はかなり少ない(しかし実際は、その理系の中では男性よりも女性の方が優秀である傾向があるように私は感じる)。

 

つまり、「女性の方が優秀(勉強ができる、コミュニケーション能力が高いなど)な傾向にあるにもかかわらず、大学以降勉強する(資格、専門研究、副業に向けた勉強)女性が極端に減る」という主張を私は1番強調したい。

 

なぜ勉強しない女性が多いのか

なぜ大学生以降、極端に勉強する女性が少なくなるのかと言うと、「日本では女性は勉強しなくても良い暮らしができる可能性がある」からだと私は思う(炎上不可避)。

 

男性は能力(知能、コミュ力、精神力など)によって良い暮らしができるかどうか(お金がもらえるか)が決まるので大学生以降も勉強する人が比較的多いように感じる。

 

しかし「若い=価値」という価値観によって、女性は能力が多少足りなくても、良い暮らし(お金に不自由しない暮らし)ができる感はある(ただし見た目が美しくある必要があるという残酷な条件・努力がある)。

 

それの最たる例が「パパ活」であると私は思う。

 

こうして日本人の歪んだ価値観が生まれる

こうして日本における「管理職の女性割合の低さ」や、「同じ仕事をしているのに、給与が男性よりも女性の方が低い」といった歪んだ現象が生じている。

 

いや、「管理職における女性割合の低さ」はある意味妥当であると私は感じる(なぜなら、企業、社会のために勉強しようとしている女性の割合は男性よりも少ないように感じるからである)。

 

繰り返すが、「女性は男性より勉強が出来ない(優秀でない)」という考えは全く持って誤りで、正しくは、「女性は男性よりも勉強しようとする人が少ない」と個人的には考えている(ただし真剣に取り組めば、女性の方が男性より勉強が出来ると思われることも繰り返す)。

 

なぜこんな炎上不可避なことを言うのか

なぜ私はこのような、誰かに対する否定的なことを主張するのか。

 

それは「日本の男女差別社会は、男女両方に問題がある」と考えているからである。

 

つまりあえて嫌な言い方をすれば、「日本の男女差別は女性にも非がないわけではない」である(もちろん、1番悪いのはそういう対応をしている頭の悪い男どもであることは言うまでもない)。

 

「男女差別」が消えないのは「いじめ問題」が消えないのと似てる

男女差別において男性と女性両方に非があることと同じように、いじめ問題においてもいじめる側といじめられる側両方に問題がある、と私は考えている。

 

私の経験上、いじめられる人は何かしら周りに嫌なことをしていたことが多い(例 自慢ばかりする 人の家族を平気でバカにする ナチュラルに失礼なことを言う)。

 

おそらく大抵はいじめられる側にも問題があるはずなのに、「いじめは、100%いじめる側が悪い!!」とどや顔で主張する人がいる(しかしその人も、学生時代はいじめをある程度容認していただろう なぜならいじめられる人にそれなりの要因があることを感じていたからである)。

 

たしかに「いじめは、いじめる側が100%悪い!!」と主張すれば、いじめは若干減るかもしれない。

 

しかしおそらく、いじめを激減させることはできないだろう(なぜなら、問題を現実的に考えていないため、実際の現場ではただのキレイゴトと化してしまうからである)。

 

いじめをなくすには、「(いじめは明らかにいじめる側に非があるのだけれども)いじめられる側に問題がないわけではない」と「当事者双方に問題がある」ことを認めないと、問題は解決に向かわないと私は考える。

 

「男女差別」も同じく、「(男女差別はもちろん男に非があるのだけれども)女性に非がないわけではない」と認めないと、一向に解決に向かわないと思う(女性の非というのは、パパ活や玉の輿といった、「性」や「若さ」を駆使して人生を楽に生きようとするごく一部の女性のことだと考える たいていの女性には全く非がない)。

 

まとめ(長くなったのでまとめます)

つまり私は次のように考える。

 

①「若いっていいねえ」という日本の「若い=価値」という価値観

②「若い=価値」によって女性は男性より勉強しなくてもそれなりに生きていける

③頭の悪い男性が「男の方が女より頭が良い(=給与が高い、地位が高いなど)」と主張し始める(実際はそうではないことは何度も述べた)

 

って感じです。

 

補足:じゃあどうすればいいのか?(結局どうするんや)

じゃあどうすればいいのかというと、「みんなが賢くなって、みんながお互いに尊重しあえるようになる」のがいいんじゃない?と思う(脳みそお花畑)。

 

結局、男女差別も人種差別もいじめも戦争も、「頭が悪くて、他人への配慮に欠ける人」によって起きてると思う。

 

(小学校、中学校、高校の)「先生」の給料が高く、みんなが憧れる職業になれば、世界は平和に向かっていくと思う(その優秀な人たちが、子どもたちに良い教育をしていただきたい)。

 

結論:全国の先生の給料を上げてください!!(まあそんな資金ないのは分かってるが)